浅田真央選手の母親について

 浅田真央選手のお母さん(浅田匡子/きょうこ)は2011年12月上旬に亡くなりました。それは全日本選手権2011の約2週間前のことでした。48才という若さでした。病名は肝硬変、名古屋市内の病院で旅立っていきました。

 あれから8年以上の歳月が経ちました。真央選手のお母さんは、フィギュアスケートの他にバレエも好きだったそうです。確か真央選手が小学生時代にバレエを習っていたと聞いたことがあります。真央選手の顔はお母さんに似ています。そのお母さんに書籍出版のオファーがありました。子供の育て方についての本、それが実現することはありませんでした。そのオファーを受けるか否か考えていたようです。多くのスケーターの母親は目立たず、裏方として活動しています。羽生結弦選手の母親(羽生由美)も同様です。

 浅田選手のお母さんの危篤ニュースが流れていた時、真央選手はグランプリファイナルに出場するため、カナダのケベックにいました。グランプリファイナル2011は棄権、急遽日本に帰国することになりました。このわずか2週間後、彼女は全日本選手権2011で競技に復帰しました。忙しくしていないと、体を動かしていないと思い出してしまうのでしょう、お母さんのことを。真央選手は当時21才でした。全日本を欠場することは頭の中には無かったようです。大阪なみはやドームでの彼女は若干ほっそりしたように見えました。全日本では完璧な演技とはなりませんでしたが、優勝しました。2年ぶり5度目の優勝でした。

 競技終了後の会見で、浅田選手の母親に関する質問がありました。記者:「日本代表(世界選手権の代表)に選ばれたことをお母さんにどのように報告しますか?」会場の空気が一瞬にして変わりました。浅田選手は口を開きました。浅田:「(お母さんが)一番そばにいてくれているような気がしていたので、何も報告しなくても分かってくれていると思います。」こういう対応で見せる彼女には天性のものがあり、彼女から愚痴や弱音、言い訳などを聞いたことがありません。相手に嫌な思いをさせることなく記者の質問に対して悪く捉えない心の広さが自然とあります。スケートの高い技術だけではなく、このような人間性も多くの人から好かれている人気がある理由なのでしょう。

 真央選手の才能以外の部分で、どうすれば彼女のような娘に育てられるのか、興味がある人は多いと思います。それは、空の上にいる浅田選手のお母さんのみが知っていることなのかもしれません。

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