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との天下統一!織田信成選手の魅力

 織田信長の七男、信高の子孫にあたり、信長から数えて(直系)17代目にあたる織田信成(おだのぶなり)選手。かつてジュニア世界選手権2005優勝したことにより、メディアに取り上げられ、有名になりました。あの時の新聞の見出しが「天下統一!」でした(笑)。彼にとっては、歴史上の人物が彼の祖先ということで扱われることに違和感を持ったこともあったようですが、現役中はそれも楽しんでいたようです。彼の(ファンからの)愛称は「殿(との)」、上(先輩たち)からも下(後輩たち)からも慕われています。

 織田選手は、ジャンプ、スピン、ステップの技術が安定していて、表現力もあります。特に目を光らせるのが、彼の柔軟な膝の動きです。彼の(ジャンプの)ランディングの美しさは一級品です。膝がとても柔らかくジャンプの衝撃を和らげることができます。スムーズで流れるようなスケーティングが高く評価されています。彼の個性的なプログラムやコミカルな演技は記憶に残ります。爽やかさや滑らかな癒し系でもあります。

 信成選手のお母さんであり、コーチでもあった織田憲子コーチ、世界ジュニア選手権のキスアンドクライで憲子コーチと抱き合って号泣(うれし泣き)する姿は今でも忘れられません。彼の家の近くにスケートリンクがありました。彼が母親のお腹の中にいた頃から氷上にいました。兄と姉がおり、兄と姉がフィギュアスケートを習っていたことから、7才でスケートを始めました。お母さんの憲子コーチが元選手ですからスケートを始めることは自然な流れでした。憲子コーチは、「この子(信成)の良いところは素直なところ、中学生の時は反抗期もありましたけど。様々な情報を自分で得て勉強熱心なところやスケートにも一生懸命で何でも吸収して成長している。」と話していました。母親と指導者の顔を持ちながら、信成選手と一緒に生活していた環境では、常に笑いが絶えず、親子としても師弟としても良い距離感だったようです。探求心が強く、ルール変更時も自分から率先してルール本を読み、ビデオを見ながら研究していました。そういえば、彼が10代の頃だったと思いますが、将来のなりたい職業が学校の先生でした。織田家の16代目である彼の父は、織田家の歴史を熱く語り、信成選手の大会での記事をスクラップしていました。

 若くして世界を経験している織田選手は、フィギュアスケートとはどんな世界なのかをよく存じています。試合では良い時も不調な時もありましたが、経験を積み、私たちの心に残るスケーターになりました。

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