妹の浅田真央選手と姉の舞選手、ジュニア時代より

 浅田真央選手には、2才上の浅田舞選手がいます。長い手足をつかった優雅な演技から、醸し出される美しさは、妹の真央選手とは違う魅力がありました。彼女たち姉妹は家の近くのリンク(P&Sリンク)でレッスンを始めました。現在そのリンクは閉鎖されました(2001年閉鎖)。そしてグランプリ東海クラブに移りました。スケート場は学校のような場所だ、と彼女たちは言います。姉妹で練習することで、お互いに認め合い、刺激を受けながら練習することができます。舞選手はジュニアで5種類の3回転ジャンプができる選手でした。ジュニア時代から頭角を現します。世界ジュニア選手権(2003,2004)では、2年連続4位。全日本ジュニア選手権(2002.2003,2004)では、3年連続3位。

 舞選手は、大技トリプルアクセル(3A)に挑戦したこともありました。成功とはなりませんでしたが、その探求心は強く、妹の真央選手と競い合いながらレベルを上げていました。舞選手をやる気にさせてくれる一番刺激的な相手は真央選手でした。お互いに教え合うこともあり、二人そろってオリンピックに出場しよう、と話していたようです。ジュニア時代はケガによる調整不足で苦しんだ時期がありました。

 ケガによる苦しみから舞選手を救ったものがモデルの仕事でした。怪我により練習がおろそかになり、フィギュアスケートで成績を残すことができず、自信を喪失していた時に、新たなことにチャレンジしたい気持ちがありました。モデルのオーディション(ORIBE)で2005年3月に応募総数5,300人以上の中からグランプリを受賞しました。その後はファッションショーなどに参加したようです。ハイヒールでのウォーキングの練習があったようで、彼女は踵の高い靴を一回も履いたことがなかったので、大変な苦労がありました。足の捻挫を懸念して普段からハイヒールを履くことはありませんでした。オーディションの最終選考でクラシックバレエを披露しました。グランプリを獲得したことで大きな自信になった、と彼女は語ります。注目を浴びることが幼少期から好きだったそうです。しかし、メディアや周囲の興味は別のところにありました。将来を悩んだ末、フィギュアスケートを継続することを決意します。

 技術的な才能を開花させていった2人の姉妹。互いに認め合い、同じ土俵の上で競い合える素晴らしさがあります。2人揃ってオリンピックに出場することはありませんでした。ずっと一緒だと思っていたお互いの道も、いずれは別々になります。彼女たちは今できることを頑張っています。

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