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フィギュアスケートの最新情報や基礎知識などをブログに載せています。スケート業界では知られているものの、はっきりとは語られていないことやフィギュアスケートをする上で大切なことを考えていきます。

期待されるグレイシー・ゴールド、その背景には(その3)

前回からの続きです。

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 (その2)でグレイシー・ゴールドの双子のカーリー・ゴールドが2016年に現役を引退したことについて綴りました。カーリーの現役最後の大会は全米選手権2016でした。その全米選手権2016に姉のグレイシー・ゴールドも出場しました。そして、グレイシーはその大会で優勝しました。その国内大会では2回目の優勝で、1回目はオリンピックイヤーに行われた全米選手権2014でした。その2シーズン前、2011-12年シーズンのジュニア全米選手権2012で優勝しました。その年の世界ジュニア選手権2012に出場し、銀メダルを獲得、その頃からグレイシーは注目を集めます。翌シーズンからはシニアの大会に参戦します。シニア1年目で出場した全米選手権2013で銀メダルを獲得、その年の世界選手権2013で6位入賞と、着実に成績を上げています。そして、ソチ五輪シーズンの全米選手権2014で初優勝を飾りました。ソチ五輪2014では個人4位、団体3位。その年の世界選手権2014では前大会から順位を1つ上げて5位に。グレイシーはオリンピックと世界選手権でそれまでの彼女の中で最高の成績を収めました。その後、彼女はテレビ出演を始め、オリンピアンとしてメディアで大きく取り上げられます。アメリカ人は彼女に大きな期待を寄せます。

 

 ここでグレイシー・ゴールドのコーチについて少し挟みます。彼女のコーチがフランク・キャロルだったことは有名ですが、その前はアレックス・オーリアシェフでした。オーリアシェフはアメリカのシカゴを拠点に活動しています。彼はどちらかというとジャンプ専門のコーチです。かつては、宇野昌磨もオーリアシェフから指導を受けていました。ソチ五輪2014シーズンの9月頃、グレイシーは突然のコーチ変更を発表します。グランプリシリーズ開催前の時期、ソチ五輪2014まで残り5ヶ月の時期でした。オリンピックで良い結果を残すために、さらなる向上を目指して、オーリアシェフからキャロルへコーチを変更します。

 フランク・キャロルといえば、世界フィギュアスケート殿堂入りした名伯楽ですよ。あのミシェル・クワンを育てたのはキャロルといっても過言ではありません。ミシェルはジュニア時代からキャロルの指導を受けていました。その指導は12年間続きました。彼女が12歳の頃からキャロルがコーチでしたね。ミシェルは世界選手権で5回優勝しています。キム・ヨナグレイシー・ゴールドが憧れの選手にミシェル・クワンの名を挙げています。そう、グレイシーの憧れの選手はミシェルです。グレイシーはミシェルのような選手になりたいと願ったのでしょう。フランク・キャロルは、ミシェル・クワンを始め、バンクーバー五輪2010金メダリストのエバン・ライサチェック、カロリーナ・コストナー、未来長洲、村上大輔、デニス・テン他、多くの教え子がいます。そして、グレイシーはLAにあるトヨタ・スポーツセンターでキャロルの指導を受けるために、シカゴからロサンゼルスへ移ります。もちろん、妹のカーリーも一緒に。グレイシーとカーリーはいつも一緒でした、2016年までは。

 アレックス・オーリアシェフとの師弟関係がうまくいっていなかった、とグレイシーは後にインタビューで答えていました。そのような理由やより高みを目指して彼女はコーチ変更を決めました。グレイシーとキャロルの師弟関係は2014年9月頃から2017年1月頃まで続きました。フランク・キャロルは2018年8月にコーチ業からの引退を表明しました。彼のコーチ歴は、なんと60年!引退の理由は、責任ある立場から解放されたいとのことです。

 

次回に続きます!

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